乗務③−1 仁美幸線の男ー新人車掌

鉄道の運転士・車掌・駅で働く人を小説にしてみた

1・2・3・・・

「ははは、はー」
変な笑いや、ため息もつきたくなる。
人の数より多いのではないかと思い、前回この列車の乗務中に車窓に現れるキツネ・タヌキ・ネコを試しに数えてみた。

美仁宇布から次の駅までは、広がる大地が続き、15分近くも走る間に人工建造物は鉄道施設を除いてほとんど見当たらない。広がるのはどこまでも続く白樺の林と、その合間を縫うように流れる小川だ。遠くの山々は雪化粧をしており、冬の終わりを告げるかのように、冷たい風が頬をかすめていく。

その結果、この区間だけでキツネが3匹、ネコが2匹だった。「タヌキが見たかったな〜」と、呑気なことを思いながらも、目に映る景色の美しさに目を奪われる。というか飽き始めている。

白樺の木々が風に揺れ、微かに聞こえる風の音が、心地よい列車のリズムとともに、眠りの世界へと誘う。適度に連続する曲線とジョイント音が、まるで子守唄のように耳元で響き、目を閉じれば、今にも夢の中に落ちてしまいそうだ。たまに「ズゴん」と、線路の歪みが激しい部分が現実に引き戻してくれる。

白樺の樹林が美しい。この線路ができる前、ここにもこの木々が一面に生えていたのだろうか。風にそよぐ白樺の葉の音を聞きながら、彼の思考は時折、昔にタイムスリップする。何度か渡った小さな川に橋を掛けた人たちは、どんな気持ちで線路を敷いていたのだろうか。人々が自然と共に生きていた時代、彼らの手で形作られたこの鉄路が、どのようにしてこの風景と一体となっていったのかを考える。

今必要のない雑念が彼の中で渦巻く。しかし、その雑念の中にこそ、自然と人が織り成す物語が静かに流れている。

白樺区間が終わり、ふと気がつくと、空が微かに色を変え始めていた。あっという間に15分以上経ってしまいそうだ。白樺の木々が影を伸ばし、風に揺れる枝葉が、遠ざかる風景とともに視界から消えていく。車窓の外には次第に、広がる草原や低い丘が現れる。山裾に広がる緑の海は、冬の名残を惜しむかのようにまだ少し寂しげである。

そんな調子で、いつも気がついた時には駅が接近する。速度が徐々に低下し、列車はその存在感を静かに薄めていく。ダイヤにも余裕がある。いや、ありすぎるので、何をするのにもゆっくりだ。急ぐことのないこの地のリズムに合わせて、列車もまた、その流れに溶け込むようにして進む。

いたるところで雪解けの水が少しずつ小さな流れを作り、まだ茂みには微かに雪が残っているようにも見える。鳥のさえずりが聞こえる静かな沿線には、人影はなく、静寂が包み込んでいる。この仁美幸線沿線では、どこを切り取っても時間がゆっくりと流れているかのようだ。

仁美幸線の列車は決して都会の列車のように、猛スピードで駅に進入したりしない。広がる大地の静けさを壊すことなく、かなり手前からゆっくりとブレーキを掛けていく。列車は徐々にスピードを落とし、まるでため息をつくように、1両のキハを短い簡素なホームに停車する。

これだけ距離をとってダラダラ止めるなら、ちょっと練習すれば停められるのでは?などと思ってしまう。実際、先日仲の良い運転士に少しだけ車庫線で運転させてもらい、ブレーキ操作にセンスがあると言われたばかりだった。

そのことを思い出すと、ふと心の中に小さな湧き上がるものが芽生える。それだけで調子にのってしまうおめでたい奴とも言える。眼前に広がる静かな風景が、そんなイキガリを少しだけ和らげてくれるような気がした。

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